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シャオランの思い出

内玄関にいつも飾ってあるシャオランの写真。
お盆でシャオも帰ってきてるかな。
IMG_2342.jpg

うちの営業部長で人も猫も大好きだったシャオラン。
シャオと出会ったのも8月だったんだよね。
今日はシャオの思い出をしゃべらせてください。

2008年8月24日、
どしゃぶりの雨の中
雨と涙と鼻水でグシャグシャになった子猫がうちの前にいました。
でも動物病院に連れて行ってわかったのは
その猫は子猫ではなく不妊手術の痕がある大人の猫で
しかも臍ヘルニアがありFIV(猫エイズ)のキャリアでもあるということ、
さらに一年半後 口蓋裂であることも判明。
体重が2kgくらいしかなかったのは
いくつもの病気を抱えていたからでした。
DSCN1413-1_20170814161125cdb.jpg

2kgのシャオランが傘に入ると こんなにちんまり。
DSCN1297-1_201708141611237a3.jpg

ちょっと比較しにくいけど
この時6kg近かったミニーが入るとこんな感じでドーン。
ミニー日傘

暑くなると癲癇みたいな発作を起こし
水を飲むと口蓋裂で鼻に入ってしまうためくしゃみ連発、
途中からはシリンジでの給水に切り替える。

だけど このチビッ子シャオランは何故か
みんなが自分を愛しているに違いないと確信する
超ポジティブな猫だったのです。
DSCN0609_20170814161120641.jpg



うちの隣に子供たちが遊べる広い場所があるのですが
シャオは猫とは思えない子供好きで
子供の声がすると行きたくて行きたくてソワソワ。
「シュウちゃーん」と友達を呼ぶ声が聞こえようものなら
「ほら、コドモがシャオちゃんのこと呼んでるよっ、
  シャオちゃん 行ってあげなくちゃ」
とばかりにハッスルするのです。

玄関を開けてやると
ピンッと立てたしっぽの先をぴょこぴょこ揺らしながら
走っていく様子はまるで柴犬(^m^)



ある時など 子供たちが「あげる~♬」と
シャオにお米を爆ぜたポン菓子をくれました。
そしたらシャオは
地面に置かれたポン菓子と私の顔を交互に見ながら
「シャオちゃん これ食べないんだけどなぁ、
  でもコドモがせっかく くれたのに どうしよう」
みたいな顔で本気で困っているのです。
もう可笑しくてしようがなかったなぁ。

自転車の後をついて回ったりボールを追いかけたり
子供と遊ぶのが生きがいみたいなシャオランでした。
穴掘りシャオ



夕方近く シャオを子供たちと遊ばせて
用事で少し家に戻っている時
「バイバーイ」「またねー」という声が聞こえて
ああ、みんなが帰るんだなと急いで見に行ったことがありました。
シャオが後をついていってしまうといけないからです。

子供たちがそれぞれの家の方角へ別れていくのを
寂しそうにぽつんと立ち尽くしてみているシャオの後姿が見えました。
私はすぐにしゃがんで両手を広げ
「シャオ、おかえり!」
一目散に駆け寄ってきたシャオランを抱き上げて
「ほら、シャオにもお迎えが来たよ、おうちに帰ろうね」というと
いつも鼻がつまってニャーと鳴けないシャオは
嬉しそうに「アッ」と鳴きました。

その時思ったんです。
子供たちは大人みたいにどこかへ行ってしまわないで
遊ぶ間はシャオと一緒にいてくれる。
だからシャオは子供があんなに好きなんじゃないかなって。
そして その子供たちが夕方、家に帰ってしまうのを
帰る家がなかったシャオはいつもこんな風にひとりぼっちで
見送っていたんだろうなって。
・・・・・寂しかったね。

人間が大好きなのに捨てられて
野良猫になって辛い目にあっても
それでもいつか「一緒に帰ろう」って言ってもらえると信じて
冷たい仕打ちを受けたとしても人間を信じて
生きてきたシャオは本当に勇気があるなぁって。
藁ベッドのシャオ



シャオが亡くなったのは
あの東日本大震災があった2011年の暮れ。

FIV(猫エイズ)が発症しないようにと
栄養に気を付けていたものの
いつの間にか忍び寄っていたのは腎不全でした。

10月に空き家になっていた実家に泊まり込みで
震災で崩れた塀の修理をしてもらったり
11月には高齢者住宅にいた父が肺炎で入院したので
またまた柏に泊まり込みになったりと
私が飛び回っていたので
シャオにはとても負担をかけてしまったのだと思います。

12月 
快方に向かっていた父の病状が再度悪化して
個室に移った時には
シャオの具合も とても悪くて進退窮まりました。
柏の病院までは往復するだけで8時間、
そんなに長い時間 シャオから目を離すわけにはいきません。
実の父親と猫を天秤にかけるのかと思う方もあるでしょう。
でも私にとって10才までしか一緒に暮らせなかった父と
私を頼って毎日を暮らしたシャオとは同じ重さだったのです。

動物は言葉はしゃべれないのに
そんな事情はわかるのでしょうか。
12月20日 シャオは旅立ちました。
まるで 
「もういいよ、お父さんのところに行ってあげて」
とでも言うように。

いや、子供好きなシャオのことだから
クリスマスまでにお空に帰って
サンタさんと一緒にプレゼントを配りに行きたかったのかも
しれないですけどね。
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父がこの世を去ったのは それから2週間ほど後のことでした。
ありがとうシャオちゃん、
おかげで最後は付き添っていられたよ。

秩父には山歩きの人が来ます。
そんな人を見ると 駆け寄って
「シャオちゃんが道案内してあげるよー」と
前を歩いていたシャオラン。
父の冥途への道案内も
喜んでやってくれたのではないかと思います。




長い文章になってしまってごめんなさい。
時間食ってしまって
みなさんのところに行く時間が少ないわ、スミマセン。

ここまで読んでくださってありがとうです!
今日もコメント欄は閉じておきますね。
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Last Modified : 2017-08-15